仏教概論
CREATED: 2026 / 08 / 16 Sun
UPDATED: 2026 / 08 / 16 Sun
仏教について
仏教は紀元前5,6世紀頃にゴータマ・シッダールタ(釈迦)が開いた教えです。
仏教は悟りや解脱を目指すことを目標としています。
仏教は大別すると小乗仏教(上座部仏教)と大乗仏教に分かれます。
大まかにいえば、個人の救済を目指すのが小乗仏教、大衆の救済を目指すのが大乗仏教です。
小乗仏教では阿羅漢を目指すことを目指し、大乗仏教は菩薩となることを目指します。
阿羅漢というのは悟りを完成させた聖者の様な者で、菩薩はあくまで悟りを目指す修行者です。
これは現代人の私の感覚ではありますが、修行の末に阿羅漢を目指すのは本願ではありつつも、人間が完成された姿になるのは少し烏滸がましい様にも思えます。
小乗仏教は理想を追い求めながら、大乗仏教はその理想の限界を理解しつつ自分を許し人を許すことを目指しているというのでしょうか。
そういう意味では前者は非常にストイックに見えますね👀
ちなみに小乗仏教は別称とされる説がある様で、現在は上座部仏教と呼ぶのが一般的らしいです。
日本に伝わったのはすべて大乗仏教であり、空海の真言宗も一つです。
如来と菩薩
如来は悟りを開いた仏のことで、サンスクリットの tathāgata(真理から来た者)に由来します。
大乗では仏を三身で捉え、真理そのものである法身、誓願と修行の報いとして成仏した報身、歴史上の釈迦のように姿を現した応身に分けます。
像の姿は悟りを開いた後の釈迦がもとになっており、装飾を持たず衣一枚をまとうのが基本です。ただし大日如来だけは例外で、宝冠や瓔珞(ようらく)を身につけた王者の姿で表されます。
菩薩は菩提薩埵(ぼだいさった、bodhisattva)の略で、悟りを求めながら、あえて仏にならずに衆生の救済にあたる存在です。
姿のもとになっているのは出家前の釈迦、つまり王子時代の装いで、如来とは対照的に装飾が豊かです。
| 菩薩 | 役割 |
|---|---|
| 地蔵菩薩 | 釈迦の入滅から弥勒の出現までの無仏の時代に、六道の衆生を救う |
| 弥勒菩薩 | 56 億 7 千万年後に下生して成仏するとされる未来仏。現在は兜率天で修行中 |
| 虚空蔵菩薩 | 虚空のように無限の智慧と福徳を蔵する。空海が修した求聞持法の本尊 |
密教と顕教
顕教とは、釈迦や阿弥陀のように姿を現した仏が、聞き手の資質に応じて言葉で説いた教えを指します。
誰にでも開かれている一方、成仏には三劫(さんごう)という気の遠くなる時間の修行を要するとされます。
これに対し密教は、宇宙の真理を仏格化した法身・大日如来が直接行った説法だとされます。これを法身説法と言います。
真理そのものが語り手であるため内容は容易には明かされず、また、この身のままで仏になる即身成仏を説く点で顕教と大きく異なります。
修法の中心は三密瑜伽(さんみつゆが)です。手に印契を結ぶ身密、真言を唱える口密、本尊を観想する意密の三つを揃え、行者の三業を仏の三密に重ね合わせることで即身成仏に至るとされます。
言葉で伝えきれない部分は図像に託されます。曼荼羅が重んじられるのはこのためです。
密蔵は深玄にして翰墨に載せ難し。さらに図像を仮りて悟らざるに開示す。
空海『御請来目録』
その曼荼羅は胎蔵界と金剛界の両部からなります。
胎蔵界は『大日経』にもとづき、母胎が子を育むように衆生のうちの仏性を育てる慈悲と理の世界を表します。
金剛界は『金剛頂経』にもとづき、金剛石のように堅固で何ものにも壊されない智慧の世界を表します。この二つが揃って一つの世界観をなします。
なお、日本の密教は二系統に分かれます。
最澄が伝えた天台宗の密教を台密、空海が伝えた真言宗の密教を東密と呼びます。東密の名は根本道場である東寺に由来します。
天台宗が『法華経』を根本に据えたうえで密教を取り込んだのに対し、真言宗は密教そのものを根本とする点が両者の分かれ目です。